旅の楽しみ83:仕事終わりに250km移動。長崎県の端島・壱岐へ(離島訪問)

2019年7月15日

父親の入院のため、東京と福井の移動の際に、大きく迂回することも憚られて、地方行を控えていましたが、半年に1回の長崎行の仕事にあわせて、4か月ぶりに離島に行きます。

 

一連の日程の初日は、昨年の洪水で見送った大洲の障碍者事業の見学。企業のトップでもある理事長と地酒を片手に話をする機会を得ました。

私の福井でのトライアルを聞いた理事長から「面白い」と言って貰いましたが、一定の条件を整えて成立することを強調しつつ、同席した他のメンバーに「もし、今回の件で感化されて、変なことを理事長が始めたら連絡ください。止めに来ますから。」と笑いを誘って愛媛訪問は終了。
やはり、「福祉関係者より、企業関係者と話をするほうが面白い」と改めて感じた1日でした。

 

2日目の長崎の現地見学、3日目の仕事も、予定時間が違っていて時間調整のため稲佐山展望台から長崎を一望したり、同行した他のアドバイザーの協力も得て、法人側が用意したテーマ・段取りとは全く変えて会議=意思決定(段取りの決定)というのを実践したりと、当初予定とは違うものの何とか終了。
やっと、翌日から離島に行くスケジュールです。

 

最初は、長崎港から18kmの距離にある端島です。
「軍艦島」として有名な島であり、その島にある端島炭鉱は、世界遺産である「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成要素の一つ。
そのためか、端島行の観光船は雨にもかかわらず、満員で出発です。夏は雨が少ないという情報でしたが、次第に横殴りの雨に。風も強くなり船も揺れはじめ・・島につくと、さらに雨も風も強くなり上陸した一行の足取りは重くなります。ガイドの説明も雨風の音でかき消される感じでした。

 

この島は、1974年に炭鉱閉鎖とともに人がいなくなり無人島に。約4年間に行った同じ長崎県の野崎島(1990年代に全ての島民の移動で無人島)とは違って、本当に廃墟の雰囲気(写真)・・。全国にある木造住宅の空家と違って、コンクリート建築なだけに不気味な感じがします。いずれ地方都市も、人口減少と経済低下で、「こうした街並みが生まれるのかも」と、雨の中で思いを巡らせて見学終了です。
帰りの船に乗ろうとすると、強い波で船は大揺れ。TDLやUSJのアトラクションの揺れの比ではなく、乗船しようとする皆さんも及び腰で必死に何かにつかまる光景があちこちに・・何とか全員乗船しましたが、長崎港に着くころには、隣の席の女性は可哀そうに嘔吐されてました。しばらくは記憶に残りそうです。

 

そこから佐賀を経て福岡まで移動し、博多駅から壱岐行のジェットフォイル乗り場に行こうと、タクシー乗り場を見ると長蛇の列。ちょうど博多山笠祭の最中で人の山。間に合わない確率9割以上と思いましたが、何とかタクシーに乗りこみ、運転手さんに事情を話すと・・交通ルールを「幾分」か無視してもらい、出港予定の数分前には港に到着。普段では考えられませんが、そこから全速力で走って・・約1時間後には壱岐に上陸できました。博多港では、乗船係の人が「まだ乗る人がいるので、待ってくれ」と無線で伝えてくれて、息を切らして乗船した直後に船が動き出しました。
たぶん出港を少し遅らせたと思いますが、皆さま、この場でお詫び申し上げます(宿で聞いたら、結構な人が、山笠の影響で乗り遅れていたとのこと。何とか乗れて幸運でした。)

 

さて、壱岐は2度目ですが、今回の目的は「全国の総社参り」の仕上げです。
前回は、残念ながら総社を探し当てられませんでしたが、今回は、事前に情報収集して、「民家の隣にある狭い山道を登ると小さい祠~それが総社」と確認し、グーグルマップでその場所もイメージしてからの訪問です。
カーナビでは違う場所を示すのを無視して、事前にイメージした場所で停車。前日の雨で滑りやすい坂道を、「本当にここか?」と疑心暗鬼ながらもしばらく進むと、少し開けた場所に綺麗に手入れされた祠が見えてきました。立派な神社ではありませんが、大事にされているのはよくわかります。
3月の失敗とは違って、今回は、初日からの移動計画が無事につながり、本日の参拝で、無事に全国の総社参りが完了できた御礼を伝えて、今回の旅は終了です。

 

年内には、あと1か所となった全国の一宮の参拝も終わりたいものです。