2019年6月15日
英華発外~元々は人を感動させる優れた音楽について語った言葉。それが転じて「人として蓄えた内面のすぐれた精神や美しさなどが、言動として表面に出る」という意味で用いられるようになった「礼記」に由来する四字熟語です。こうした人に出会うと、1日を気分よく過ごすことができるのは、言うまでもありません。
さて、今月前半のマスコミの話題の一つは、「老後2000万円不足」でした。
何人かに意見を聞かれましたが、個人的には、何が問題なのか未だにわかりません・・ネット炎上に便乗して、TV報道他が煽るという構図は今回も同じでした。
発端は、「人生100年時代」を見据えた資産形成に関する金融審議会報告書~95歳まで生きるには夫婦で約2000万円の金融資産の取り崩しが必要になるとの試算を前提に、長期・分散型の資産運用を進めるための支援強化の必要性が強調されているものです。
そもそも各省庁の審議会は、その省庁の担当する分野について提言・審査するためのものであり、政府全体の問題について検討する場ではありません。したがって、各省の立場の違いで、各審議会の報告内容が矛盾することや対決関係になることは普通のことです。そうした矛盾等は、実際に政策決定していく段階で、各省間や政治の場で調整されるものであり、その過程が始まる前の段階での今回の「騒ぎ」・・何が問題なのかよくわかりません。
しかも最近では、誰が犯人か・・「金融庁か厚労省か」というレベル~皮相浅薄の感は拭えません。
報告書に対する指摘をざっと見ると、「100年安心の年金は嘘」「前提が単純化されており多様な実態を反映してない」「試算の前提は恵まれた人の話」といったものに分類されますが・・貯蓄から投資へを進める金融庁・関係審議会に浴びせる批判としては筋違いに思えます。
審議会の委員の1人が報道番組で言っていた「今の高齢者でなく、今の若い世代が資産形成するための中長期の政策提言」として捉えれば、何の問題もないでしょう。まるで、「公的年金では老後資金は不足するといって、金融商品を売りつけるパンフレットのよう・・」と報告書を酷評する意見もあるようですが、20歳台の子供世代には、こうした情報すら与えられていないのが現状~20歳台の世代に向け、「40年くらい分散型の資産運用を継続すると、どの程度になるか」という試算がついていると、もっと具体的に理解できたと思います。
私のような50歳台ですら、死ぬまで年金だけで生活できると思っている人は稀でしょうし、周囲は大企業からの勧奨で転職・退職した人ばかり(収入も結構下がっているはず)、奥方が家計を預かる家庭では貯蓄等がいくらあるのか知らない旦那も多いのが現実です。
もちろん病気などで、長年、経済的に厳しい人がいることも事実でしょうが、金融・投資といった政策議論に、こうした多様な類型全体を相手にしろと言っても無理な話です。大雑把にいって、雇用・金融・投資で解決できるグループと、公助・共助で解決するグループと、その組み合わせが必要なグループに分かれるでしょうが、「こうした対象グループに応じて、個々に対策を考えて、〇年以内に示す。」と、英華発外に政府の責任者が早い段階で宣言すれば、うんざりするような毎日を過ごさずに済んだはずです。
政治は、選挙が近づくと、きれいごとの繰り返しか、足の引っ張り合いは常ですが、少なくとも報道は、皮相浅薄に陥らず、英華発外の手本でいて欲しいものです。