Episode137「この案の問題点を考えろ 次はその回答を考えろ」

2015年10月18日

母子福祉課と同時に併任になったのは障害福祉課(当時)でした。
直前まで、自治省から出向していた係長が専任でいたのですが、定期の人事異動で自治省に戻られた後、なぜか後任の配属は無し。そのため、併任のかかった私が勤務の半分は障害福祉課に座るという約束が、企画課と障害福祉課の間でなされたとの由。これが、その後も、一般的とは言えない人事が続く、私の公務員人生の始まりです。

 

しばらくは大人しくしていたと思いますが、知的障碍者のグループホームを予算試行するという検討に着手した障害福祉課長(最初に褒められた児童手当課長の同期)に「遊ばれ」ました。

グループホームの内容自体は、障害福祉課の専門官が検討していたのですが、私には、その批判役が期待されました。課長から、グループホームの案を見せられ、「この案の問題点を10個考えろ。できるだけ難しいものを。」と言われました。

 

公務員になって2~3年目は、いわゆる小役人・・窓口業務として小規模な各省折衝を行うことを通じて、他人の揚げ足取りは上手になっているものです。当時、他の無責任な批判くらいは、私も上手にできるようになっていたので、その後の展開を考えることもなく、期限の1週間で、どう考えても回答するのが難しい批判・指摘・質問10個を取り揃えて課長に報告しました。ある意味、「どうだ!」という感じだったのだと思います。

それを眺めた課長は、「なかなか回答が難しいものばかりだな。」と笑いながらコメントし、即座に、「じゃあ、この回答を考えてくれ。」と切り返されました。私は、「えっ」と絶句しましたが、今さら、「これは答えられません・・」と言う訳にもいきません。渋々、回答作成の仕事を引き受け、その回答作成に呻吟することとなりました。

 

実は、こうした思考実験は、国の公務員の世界では普通のことです。国の仕事は、誰もが賛成するようなことをしているようでは、何もしていないのと同じことです。必ず、声を大にして反対する人と、声をあげることなく賛成する人がいるものですが、国の公務員は、何をやろうとしても、必ず声を大にして批判する人の矢面にさらされます。その時には、甘い批判・指摘などはありません。必ず、厳しい指摘が飛び交うものですが、そうなっても大丈夫なように、事前に、相手の立場であれば何を言うか、今の検討状況で何を言われたら何が困るかなど・・を検討し、それに正々堂々と回答できるように、準備をするものです。場合によっては、案自体を変えたりします。

 

課長は、当たり前の思考実験を、私に「試した」のですが、その段階では、制度改正や国会対応の機会も乏しく、課長から見れば甘い感じの私を鍛える意味もあったのでしょう。その時の私の回答は満足いくものではなかったのでしょうが、批判・指摘自体は悪くなかったようで、案の検討の段階で、少しは反映されたようです。

 

この経験は、何回となく後輩に話をして、笑いを誘ってきましたが、私自身は、この経験のお陰で、その後の制度改正の思考実験の際に、決して甘く考えることなく、完全に批判者Aの立場で考え、その後批判者Bの立場で考え・・多様な立場で物事を見るようになりました。それを通じて、「立場の違う人が一堂に会しても、1つの回答で対応できるようにする」という当たり前のことを、今でも心がけています。
これまで知り合った人の中で、最も信頼が置けないのは、相手によって発言を変える「輩」です。本人は気づかれていない~うまくやっていると思っているようですが、情報というのは予想以上に正確に広く流れるものであることに気づかないのを見ると、嫌になります。

 

こうした「輩」の1人にならなくて済んだことを、障害福祉課長(当時)に御礼を申し上げるとともに、私と同じ経験をする後輩を1人でも多く増やしたいと思います。