Episode136「初めて上司に褒められる 良く考えたな」

2015年10月8日

役所生活2年目の夏には、局幹部が一新されるという人事異動とあわせて、私は企画課本籍のままで、新たに2つの課の併任(育成課の併任は解除)となりました。
そのうち保育所を担当する母子福祉課では、翌年度予算に際して、乳児保育の補助制度の見直しに巻き込まれました。ちょうど3年目の春です。

 

当時の福祉部局は予算中心主義で、サービス論や制度論は影が薄かったため、乳児保育の補助制度の見直しなどには、事前に全く関わっていませんでした。しかし、予算が確定し、補助要綱を作成する段階で、急に私の出番が回ってきました。私は、状況はよくわかりませんでしたが、どうも予算編成段階では、事前に、幹部等との相談がなされず、予算編成後に、その内容が問題だと内部で議論になっていたようでした。私の立場で言えば、よくわからないまま、「尻拭い」をするような役割となっていたという感じです。

 

元々、乳児保育は、0歳児3人に対して、1人の保母(当時)を配置するという考え方で、0歳児1人では保母1/3人分、2人では2/3人分と、0歳児の人数に応じて、1/3人分ずつ保育所への補助額(負担金)が増えるというもので、国と地方の負担割合は1:1でした。しかし、見直し後は、1/3分を2つに割って、1/6は国庫負担(国:地方=1:1)とし、残りの1/6は国庫補助(国:地方=1:2)とする・・ただし、保母1人分は国庫負担とするという内容で、単純化すれば、国の負担を地方に肩代わりさせる(国の負担分の約17%を地方へ)という内容でした。
地方負担に関わるものは、補助要綱等を出す際に、自治省(当時)に協議をして了解を得ることが必要でしたが、当然なされているべき事前調整もないままに、予算編成がなされた・・という状況で、素直に考えて、自治省が了解するような内容とは思えませんでした。

 

それでも、企画課の法令審査員(当時)から「尻拭い」の御使命を受けたので、グラフを書きながら、あれこれ考え始めました。数日、唸っていましたが、話にならないものを除外して、少しは「まし」に思えるのは・・と自分なりに結論を出しました。ちょうどその時、若手の間では影の企画課長と言われていた児童手当課長から呼び出しを受けました。
「乳児保育の件はどうなっている。大丈夫なのか。」と心配されましたが、よい機会と思い、一人で検討してきた説明の選択肢を、少しは「まし」と思われる説明を本線として示しました。誰にも話をしていない段階でしたので、何と言われるか、少々心配でしたが、「これしか無いだろう。もう少し理由を補強すれば何とかなりそうだ。」と言われて、自分の案に自信を持つことができました。

 

さらに課長から「よく考えたな。」と褒められて驚きました。課長とは、あまり話をしたこともなく、また、いつも強面の表情でしたので、内心では怖い人だなと思っていたのですが、そういう人から褒められたからです。今思えば、それまで、役所内で褒められるような経験はなかったことも大きかったのでしょう。また、「こうした人も役所にはいるのだ」と、役所組織のことを見直すきっかけになったのだろうと思います。
その後も、課長には、担当外のことを何度か相談したりしていましたが、数年後に、残念ながら、お亡くなりになりました。あのような人を「国士」と呼ぶのだろうと思いますが、その人から褒められたことは、今でも記憶に残ります。

 

乳児保育の件は、その後、5月の結婚、6月の研修を挟んで継続し、最終的には、法令審査員と相談して最終的な説明ぶりを完成させ、自治省協議となりました。いろいろありましたが、最終的には、法令審査員の粘り勝ちで、自治省から了解を得ることに。人間、切羽詰まれば、何かとアイデアを捻り出すようですが、できれば、当初から関わり、こうした事態は避けたいものです。

 

なお、自治省との協議が終わった日、明け方に帰宅したところ、結婚したばかりの奥方が玄関前に立っていたことが最後の驚きでした。カギを持たずに家を出て、私に電話をしても自治省に行っていて連絡が取れず・・

家庭の方が切羽詰まっていました。