Episode133「国家賠償訴訟を担当 初めて仕事が楽しくなる」

2015年9月8日

省内の人事異動の一環で、私に児童の健全育成を担当する育成課(当時)の併任がかかりました。
育成課には法令担当の専任はいませんでしたので、まず、国会賠償請求の訴訟代理人が私の仕事となりました。

 

その事案は、行政法の世界では有名な山形県余目町個室付浴場事件の賠償請求でしたが、間もなく高裁判決が出るという段階でした。
そもそもは、山形県初のソープランドが開設されることになった際、風俗営業等取締法に児童福祉施設の一定範囲内には開設できないという規定があることを念頭に、その開設後に、町が後付で児童遊園を設置し、この児童遊園の存在を理由にソープランドの開設が違法と判断したという内容ですが、結果は、行政権の濫用としてソープランド側が勝訴しています。この結果に基づき、ソープランド側が営業上の損害を被ったとして、児童遊園を設置した地元自治体と児童遊園制度を所管する国(育成課)に対して賠償責任を求めるというのが、私が担当した国家賠償訴訟の内容です。

 

直接行為を行った地元自治体は賠償責任があるのはやむを得ないとしても、国の立場からは直接賠償する責任はないという主張でしたが、結論は、当初の法務省側の予想に反して国も敗訴(地元自治体に連帯して賠償)となりました。
さて、ここでどうするか・・最高裁(写真)へ上告するには、重大な判例違反等の条件が決まっているので、該当する内容があるかがポイントでした。もし、なければ、国の賠償費用は、予算計上されていませんので、大蔵省(当時)に説明して支払うための資金獲得(予備費流用)が必要なりますが、これも結構面倒な手続きが必要になります。
敗訴経験のある先輩の助言を得ながら大蔵省向けの説明を自ら準備する一方で、上告するための方法の有無に関する法務省との協議を、上告期限の2週間という期間で行うこととなりました。

 

課内では、主たる責任は地元自治体であることから、国の敗訴が確定したとしても自治体に求償することで実際には負担が生じないこと、同じような案件が発生することは考えられないこと、また、法務省も上告理由に該当するものが見当たらないと言っていることから、上告しないとの意見が多数でしたが、最終的は、上告するということで決着となりました。それは私が上告理由になりそうな訴訟上の論点を見つけたからです。
学生時代に真面目に法学を学んでいたわけではありませんが、それでも主要な法律書は持っていましたので、学生時代の振り返りもこめて、民事訴訟法の法律書を読み返したところ、「訴訟物論争」という記載に目が行きました。具体的には、旧訴訟物理論(実体法上の請求権が複数あれば、それごとに請求権が発生するという考え方)と新訴訟物理論(実体法上の根拠が複数であったとしても、紛争実態から見て一つであれば請求権は一つとする考え方)という違いです。一連の原告の主張をみると、地裁では主張していないことを高裁で主張し、これが国の敗訴理由になっていましたが、裁判実務で採用していた旧訴訟物理論からいえば、高裁段階での訴えの追加はできないのでは・・という論点でした。
自信はありませんでしたが、法務省との協議で、問題提起したところ・・なぜか、その意見が採用され、法務省も上告する方向になったという顛末です。

 

上告後の結果を知ることなく、大津へと異動となりましたが、この経験は、1年生の意見でも、筋が通れば採用されるという実績と自信となり、その後の私の行動の原点になっているように思います。当時、役所内では、年齢問わず議論は対等と言われていましたが、それを身をもって(それも外部と)体験できたのは幸運だったのでしょう。何事も、準備して意見を言えば、少なくとも無視されずに議論の遡上には乗るという安心感が、その後の仕事の姿勢を決めたと言えます。その意味では、小さい仕事ながら、大きな機会でした。

 

今の1年生にも、こうした機会があることを願うばかりです。
その経験が10年後の成長を約束すると思うからです。