Episode123 「議会対応を経験 助役の一言に苦労が報われる」

2015年5月28日

タコ部屋での作業を通じて「施策群」もまとまり、それを基にした企画調整室内での意見交換で5つの都市像も決まり、総合計画に関する作業は、概ね1年で終わりました。

大津での後半1年、幹部の議会対応をサポートしながら、自由時間も増えるので楽しくやれるな・・と思いつつ、年度末の人事異動の内示の日を迎えました。

 

出向時の話では、課長等の管理職にはしないという取り決めがあると聞いていましたし、総合計画の議会対応もあるので他部局への異動もないとわかっていましたので、内示当日、自分は対象外であり、また職場にいても仕事にならないと考え、有給休暇をとってゴルフに行っていました。
好天の中、順調にゴルフを終えて、ゴルフ場から職場に電話をしました。私の上司に当たる企画監(課長級)は、次長に昇進すると言われていたので、その後任は誰になった・・と聞くためでした。
ところが回答は、「北川さん あなたです。」とのこと。からかわれているものと思って、再度、念を押すと、同じことを繰り返します。それでも自分の目で見ないと・・と考えて職場に行き、内示表を確認しましたが、やはり自分の名前が書いてあります。
そのまま人事課長のところに行き、「どうなっているの? 取り決めと違うのでは?」と問い詰めましたが笑うばかりです。一度出た内示が取り消されることはありませんので、楽しめると思った2年目は夢と消えました。

 

さて、4月1日に企画監という辞令をいただきましたが、企画調整室内では、それぞれ確立した関係が変わるでもなく、単に呼称が変わっただけのような感じでしたが、議会が始まると、対外的には大きく変わったことを感じざるを得ませんでした。
本会議は部長の出番ですが、委員会は課長の仕事です。総合計画も議会承認が必要でしたので、委員会での質疑もあり、その答弁は私の仕事です。総合計画関係であれば、特に、事前準備せずに回答可能な状態でしたが、それでも議会という公式の場での発言は初めてでしたので、当初、数回は相当緊張したことを覚えています。

 

それでも委員会は順調に進み、議員の全員懇談会を経て、本会議で採決という運びになりましたが、その全員懇談会で、嫌なことがありました。この計画案を『北川計画』と呼んだ人がいて、それが議員ではなく、市職員である議会事務局長だったのです。
彼は、どういう意図で言ったのかは定かではありませんが、その発言の前後の状況から、少なくとも私には、「この計画は市が主体的に作ったものではなく、北川が作文したものだ。」とのネガティブな発言に聞こえました。
さすがに頭に来て、何か発言をしようかと思いましたが・・タコ部屋での意見交換、審議会での市民委員とのやりとり等を思い出し、ここで発言したら、水の泡にある可能性もあると考えて黙って下を向きました。

 

幸いなことに、その発言に反応する議員はなく、最終的に意見が分かれたのは、目標とする人口規模~成長路線で行くのか、それとも保全路線でいくのかという点でした。この点は、本会議の質疑で明確にするということで、その場は終わりました。
終了後、懇談会に出席していた助役の一人に呼ばれて助役室に行くと、助役が、赤い顔をして怒リ出しました。「事務局長は、何を言っているのだ。何もわかっておらん。」と・・
私が言いたいことを代わりに言ってもらった感じで、私の気持ちがスッと治まりました。懇談会のときに心に広がった様々な嫌な思いが消えて、この1年の苦労が報われた・・達成感で満たされた気持ちでした。

 

しかし、今考えると当時の助役は本当に怒っていたのか、それとも私が怒っていると気づいて怒ったふりをしたのかは、定かではありません。いずれにしても部下の視線で考えられる人が周りにいて、達成感のある仕事ができたことは間違いありません。

私も、そうした人でいたいものです。