Episode105 「只管作業 法律改正案を作るのは職人芸か・・」

2014年11月28日

食費負担の案ができましたが、それは始まりが終わっただけのことです。
審議会で合意をとりつけ予算編成で与党の了解を得てから、改正法案を作成し、衆参両院で賛成多数の採決を受け、改正法の施行等の手順を経て、やっと一仕事が終わります。

 

当時は、若手補佐でしたので、審議会から予算編成等は、シニア補佐以上の方のご活躍を眺めながら改正法案の作成に勤しんでしました。
新しい法律を作るのは、それなりに大変ですが、改正法案を作成するほうが技術的には難しいものです。歴史の積み重ねで、改正方法には厳しいお作法があるからです。

 

例えば、「本日、雨が降り、交通渋滞が続きました。」を「本日午後、大雨が降り、2時間以上、交通渋滞が続きました。」と記載内容を変えようとすると、普通の生活では、全文を書き換えるのですが、法律改正案のルールでは、次のようになります。
「本日」の下に「午後」を加え、「雨」を「大雨」に改め、「降り」の下に「、2時間以上」を加える。

 

これを読んだだけでは、何を変えているのか、また、変えた後にどうなっているのか・・誰もわかりませんが、「改正文は極力短くする」という原則の下に、法令改正は、こうした方式となっています。したがって、多面的なチェックを受けないと必ず間違えます。
また、法律改正は、何でも改正できるわけではなく、法律改正の趣旨が、全体の法体系に齟齬がないか等の質的なチェックも受けます。これが内閣法制局と呼ばれる組織の仕事ですが、担当の参事官は、こうした質的な審査の他、改正条文に間違いがないかの形式的な審査も行います。しかし、少量の改正文であればまだしも、A4で100枚を超えるような分量になると、また、そうした改正案が複数あると、人間のやることですから、小さな間違いが生じることになるものです。

現に、当時、法改正の基本としていた「現行日本法規(100冊以上で日本の法規をまとめている書籍)」には、脚注に、「○○年の改正法は、改正形式の誤りと思われる。」等と成立した改正法に誤りがあることを明記していました。法律改正の際には、こうした過去の誤りの有無を確認して、過去の誤りもあわせて改正するようにしていたものですが・・

 

さて、入院時の食費負担にはじまった改正案は、種々の議論を経て、入院時の付添看護の廃止、在宅医療を給付範囲に明記、訪問看護の制度化など、徐々に大規模なものとなり、最終的には、医療関連の法律を数十本も改正し、改正条文案が200枚を超える大規模なものとなっていました。
ただし、同じ内容の改正(給付範囲の変更等)を何回も繰り返すという形式でしたので、内閣法制局は、まずは保険課が担当する健康保険法を重点的に行うという方針(これには当時の健康保険法がカタカナ条文の古い法律で時間がかかるとの背景も)でした。
担当補佐の私は、内閣法制局に入り浸り、参事官と相対の意見交換を繰り返し、改正の質的な審査をクリア、条文の形式審査も処理と・・自分の役割を終えましたが、その後が大変でした。法制局での審査結果を他の担当課に連絡して無事終了と思っていたところ、法制局の参事官から連絡が来ました。「他課分を審査しているが、保険課で指摘した箇所が全く反映されていない。正確に連絡したのか。」とのお叱りの内容です。確かに連絡はしたものの、事後の確認はしていませんでした・・

 

他人が自分の思うとおりに動くことはないとの原則を思い出し、その後は、他課が法制局に行く前に、全て私が事前に条文の確認をするようにしましたが、お蔭さまで、担当者の条文ミスで1千億近い国庫負担増になりそうな例を発見したり、他の法律の構成が微妙に違っており工夫が必要であることに気づいたりと、医療保険全体の体系を理解することにつながる良い機会となりました。
ある意味、法制局参事官の下請けですので、気は楽なのですが、それでも各担当課の進捗を確認したり、審査結果を聞き、全体に反映したりと緊張する時間が1か月は続いたでしょうか・・

最終的に、法制局参事官が部長に説明して了解を得る日が来ました。

 

入院時食事療養費新設、付添看護の廃止等、法制的に難しいと内部で言われた案件も無事クリアしましたが、1か所だけ修正がありました。「勘案」を「斟酌」に変更です。
今ではない、カタカナ条文ならでは修正ですが、「なるほどな」と思ったものです。

 

数か月後、予定していた範囲内での国会修正で法律改正も国会を通り、無事、施行となりました。
幸いなことに「現行日本法規」の脚注にコメントを書かれることもありませんでしたが、今から思えば、僥倖に恵まれただけと思うばかりです。