Episode104 「目標は一つ 方法論は多種多様を実体験」

2014年11月18日

厚生省に入省して8回目の夏、平成5年に保険局保険課の補佐になりました。
20歳代は、本省では、児童家庭局、社会援護局という予算執行を中心とする部局の経験をしていましたが、いわゆる「制度論」を担当するのは初めてでした。

 

保険課本来の仕事は、健康保険組合等の被用者保険の指導監督ですが、これとは別に当時の保険課法令は、医療費や給付費の削減のため概ね2年1回は制度改正を継続するなかで、医療保険制度全体の制度論を考える役割を担っていました。その時は、入院時の食費負担を別途求めるという、長年の懸案事項を実現することが目標とされていました。入院時の食事として支払われていた医療費は約1兆円、うち約1割が定率自己負担~8千億円の給付費をいかに削減できるかという命題です。

 

私が着任したときには、既に企画官クラスを中心としたチームが入院時の食事に係る実費(材料費、光熱水費等)の調査を複数病院対象に始めていました。いわゆる実費負担の発想で、利用者負担を増やせないかという考えでしたが、私をはじめとする保険課の若手チームは、実費の発想では実現は難しいだろうと冷やかに見ていました。

全国1万弱の病院で一律の利用者負担を求めるという「制度」を前提に考えると、事業者によって大きく異なることが予測される実費では一律の負担設定は説明困難であり、また、法制度としても合理的説明は難しいと考えていたからです。

そこで、若手チームは別の道を行くことにしました。全国一律の負担を前提に制度的に説明可能なもの・・という視点からのアプローチです。

 

そうは言っても直ぐによいアイデアが浮かぶわけではありませんので、課長に相談して、いくつかの先進的と言われる病院を見に行くことにしました。何せ、これまで入院などしたことがないメンバーばかりでしたので、食事の状況だけでなく、広く見聞を広める意味での訪問でした(数か月後に1週間の入院を実体験するとは予想もしていませんでしたが)。
しかし、夕食が病院の都合で16時台に出される現状や、病院外のスタッフに高額の費用を支払って付添が行われている状況には驚きました。私が生まれた福井の病院は、布団も持ち込み、食事も自炊、付添は当然といった状況だったと親から聞いていましたが、それから30年経ち、さすがに改善はしているものの、あまりに病院側の都合でサービス提供がなされているのには・・声が出ませんでした。

 

さて、食費負担額の根拠づくりには、いろいろと試行錯誤していましたが、当時大蔵省から出向していた係長が、家計調査に一般家庭の食費負担が統計として出ていると持ってきました。計算すると1人あたり1日800円弱・・診療報酬の1日1人あたりの額が2,000円程度でしたので、その4割程度の額と感覚的にも悪くありません。
これを本線に、体験も活かして、次のような論理を組み立てることになりました。
ア 医療保険も保険である以上、通常生活でかかる費用は保険給付の対象外となるべき。
イ 食事は入院しなくても食べるのであるから、通常生活の費用分は自己負担(約800円)。
ウ 食事負担を求めることで生じる財源等を活かして病院の食事の環境を改善する。

 

若手チームの結論がまとまった段階で、企画官チームの実費路線は行き詰っていました。

予想通り、病院別の実費の差異が大きく一律負担に馴染まないという結論が出たからです。ただし、患者負担の制度論には馴染まないものの、病院がいかに食事で利益を出しているかは明らかとなり、その後の病院の食事改善を促す方向が強まるという良い効果につながったものと思います。
こうして、医療給付費3千億円の削減結果となる食費負担の見直しは、制度論は若手チームの案が採用され、実体論で企画官チームの取り組みが活かされるという結論となりました。一つの目標の下、多種多様な方法論を試行錯誤することで、より実践的な案ができることを実体験した一瞬でした。評論家のような表面的な意見交換では実現しない、本物の「企画立案」というところでしょうか。

 

あれから20年を経て、病院の食事も大きく変わったと感じます。
人生を楽しむための重要なツールとして大事にされるのを見るのは嬉しいものです。