2014年7月28日
当時、中国におけるJICAの技術協力で最も広いエリアを対象としていたのはポリオ根絶です。
当初は、北京周辺の北方5省を対象とし、その後南方の5省へとフィールドを移しました。通常の技術協力は、相手国の設置する拠点に常駐し、技術移転・スタッフ研修等を行うものですが、このポリオの技術協力は、状況が違っていました。
それは、感染症のサーベイランス(国や自治体などにおける疾病の発生状況を正確かつ継続的に調査、把握しその情報を基に疾病の予防と管理をはかる一連のシステム)の整備を目的としていたため、対象地域の省・県・鎮と各レベルの地方政府を訪問して調査・協議を繰り返すフィールドワークを積極的に行っていたからです。
ポリオという疾患は、ワクチンを複数回投与し子供に免疫を持たせれば、発症しないか、発症しても軽微なもので終わります。その意味では、予防・根絶は簡単なはずですが、当時の中国では、地方政府のサーベイランス体制が弱体なため中央に報告される数字と実態が大きく違っていたという行政側の問題と、農村には戸籍のない子が数多くいて(全体では1億人を超えると言われていた)通常の方法では全体に投与が行きわたらないという地域側の問題が相まって、単純には解決できない状況でした。
私が、日本の技術協力チームに同行して地方に出たのは、中国生活も半ばに差しかかった頃ですが、概ね北方5省は最終段階に近づいていました。地方で開催される会議に参加するという目的でしたが、中央政府からも感染症担当の処長(課長)も参加しました。日中双方の政府の立場から、それぞれ会議の場で発言(写真)をしましたが、参加されている地方政府の方の真面目な姿勢が印象的でした。
その際、当該地域で行われている実際のフィールドを見に行くことになりましたが、面白い体験をしました。最初は省政府の保健衛生部門と面談、そこから県政府に移動し面談、そして実際に地域を担当する鎮に行きフィールドを見るのですが、なぜか徐々に同行する方の人数が増えて大集団になります。日本側の一行は数名ですが、省政府を出る頃には2倍になり、県政府を出る頃には3倍になり、鎮政府を出て実際に村の状況を見ると4倍以上の一行になっていました。理由は不明ですが、これは他の地方出張の際にも同じでしたので、当時の地方における中国的な対応なのでしょう。
20名を超える大集団が、人口の少ない鎮を回るとなると目立つことは当然です。ある地域では、裸足に近い数多くの子供が集まってきて、わいわいと騒いでいます。珍しい動物でもみる感じなのでしょう。
しかし、その一方では、結構な数の子供たちが家に隠れるように入っていきます。省政府の方に、それとなく聞くと・・「黒孩子(戸籍のない子)」と答えます。続けて、「戸籍もないので学校にも満足に行けない。感染症だけでなく大きな問題だ。」と率直な意見を言われましたが、こうした現場感のあるやりとりは北京では無理だなと感じました。
この時、「末端こそ先端だ」と改めて思いました。中央から見れば末端でも、そこにこそ、解決すべき「先端」の課題があるのだと意味です。現場に教えてもらうということではなく、現場を見て感じて、自分なりの問題設定ができれば、きっと全体を裨益するよい解決法が見つかるということです。
その後、南方の技術協力が始まり、地方で会議が開催されました。その時も会議に参加し、現実を見て回りましたが、中央からは女性の司長(局長)自らが参加され、今回の取り組みの重要性について熱弁を振るっていました。
普段は、落ち着いた雰囲気を醸し出す科学者なのですが、きっと農村部の保健衛生の水準向上のために、ポリオを素材として地方政府の技術レベルを上げたいという強い想いがあるのだと感じました。また、「黒孩子」に起因する将来の社会問題を少しでも減らしたいのだろうと感じたことも覚えています。
こうした彼女の一面を垣間見ることができたのも、北京を出て、種々の問題が複雑に絡み合うフィールドに出てきたからなのでしょう。
現在、私の仕事は、霞が関より現場に近いところでの活動ですが、こうした体験も影響を与えているのでしょうか・・
霞が関での仕事は、フィールドでの現実から遊離した表面的対応になりがちであったことは間違いありません。