今月は、採用に関わった時の話です。
役所の採用活動の時期は、年により変わってきていますが、概ね本格化するのは夏ごろ・・ちょうど、その時期は、定期の人事異動の時期でもあります。当時、厚生省の採用担当者は、人事課が担うのではなく、異動の狭間で数名が指名されて担うことが通例でした。
私も、その時期に何回か採用担当に指名され、一次面接として、毎日40人を超える学生に会うという「厳しい」経験をしました。
まず、最初に採用担当に指名された時は、自分自身が採用された際に、当時の人事課長から「君と一緒にやっていく自信がない」と二度にわたり言われた(当時の事情は、いずれコラムに書くことになるでしょう)ことを思い出して、不思議な気がしたものです。「本気なの?」という感じでしょうか。
しかし、採用担当者の集まりで、全員が、それぞれタイプの違うことに気づきました。私が元気で行動的なタイプとすれば、他は静かで理知的なタイプ、人の話を聞いて冷静に判断するタイプといったところです。
実際に、面接がはじまり、毎夜、それぞれの評価点を報告し、意見交換をする場で、さらにそれが明確になりました。特に、数年先輩の一人と私の面接結果が極端に違うことが頻繁に生じていたのです。私が「陽性で活動的で人の輪の中心になれるタイプ」と高い評価をすると、先輩は「ものごとを論理的に考える力が弱い」と低い評価をしていました。同じ人間を見るのに、これほど違いがあるものかと、不思議な気がしたり、また、変に納得したりしていました。
こうした双方の評価を踏まえて、もう一人が、冷静に面接をするという形式が定着した感もあったので、自分の評価軸を変えるわけには行かないと、最後まで、自分自身の見方を変えないことにしました。
結果から言えば、極端に評価の分かれた人は、採用対象になりませんでした。やはり、お役所という仕事柄~いろんなタイプの人を相手に、話を聞き、話をするというコミュニケーションが大事という点から、個人のバランスの良さが重視されたのだと思います。
また、双方とも高い評価をした人は、残念ながら、ほぼ採用に至りませんでした。他省に決まったり、最終的に公務員試験に合格しなかったり(以前は発表前に面接していました)、民間を選んだりと、事情はいろいろありましたが・・。
後日、採用した新人が配属されてから、私と同じようなタイプの先輩から、新人に関して苦情めいた連絡が来たこともありました。「君が、なぜ、あんな奴をとったか不思議だ。」という内容です。話題となった新人は、他の面接者が高い評価をして、私は普通より少し下の評価をした人でしたが、さすがに評価の内容等を言う訳にもいかず、「新人なのですから、暖かい目で見て育ててやってください。先輩も私も、最初は酷く言われたでしょう。言われた内容は、彼とは違いますが・・」と煙に巻いたものです。
それから十数年を経て、その彼も、今や管理職級で立派に働いています。当初の採用担当者の「組み合わせ」の効果かと思う所ですが、一方では、私や先輩の評価が極端に分かれた人たちが採用されていたら、今はどうなっているかと想像するのも面白いものです。
私の結論は、「私より早く辞めていただろうな・・」というものですが、正解はありません。
だから、採用や評価は面白くもあり、怖くもあるのでしょうが、当時の経験は、いまでも他人の評価をしたり、評価制度を考えたりするときに思い出します。