Episode54 「何もないと思うところに 新たなものを植え付ける」

2013年6月28日

3回目の保険局は、1年間という短い期間でした。
健康保険の3割負担を決めた法律が国会で成立した際に、いくつかの法律附則が追加され、1年以内に、高齢者医療制度、保険者の枠組み、診療報酬体系について、政府としての方針を閣議決定することが義務付けられたからです。

 

その検討のための要員として、保険局に「即戦力」として「強制徴用」された=いわば、閣議決定までの「期限付雇用」のようなものでした。
さて、保険局では、その頃までは、概ね2年に1回の診療報酬改定と同時に法律改正をしていたため、課長補佐以下(その頃は企画官も増えていたので、企画官以下)で、どのような改正をするかを検討するための勉強会が行われることが通例でした(今では、そうした風習もなくなったようですが・・)。

 

私も過去2回の保険局で、同じような経験をしていましたが、最初のときは、知識もないので、それなりに新鮮だったものの、数年経た2回目のときは、メンバーは違うのですが、内容は全く同じようなことを繰り返し検討しており、すっかり飽きていました。
医療保険制度という大きな制度ですが、人間の考えることは、そんなに新しいことはなく、概ね、患者負担の仕組みを変える、公費補助の対象年齢を引き上げる、保険者間の財政調整方法を変えるといった視点で、縦のものを横にしたり、横のものを縦にしたりといったことの繰り返しが実際のところでした。

 

最も中心的な課題である高齢者医療制度については、結局は、現役世代が高齢者世代を支えるのに、どのような方法が公平かという点に問題が尽きるのですが・・いろいろな方法を考えて、結局どうやっても同じことだと気づきました。今の75歳以上を区分し独立させた制度でも、高齢者を健保・国保に加入させたままで財政調整する制度としても、保険者間の負担はともかく、世代別で見れば全く同じとわかり、あとは、どうすれば世の中の人に、「何が問題で、何が公平化を考えてもらう」という点が大事と考えることに・・。
その意味では、高齢者医療制度は、知的好奇心を擽るものではありませんでした。

 

一方、保険者の枠組みは、過去、考えたことのない切り口でしたので、個人的には新鮮なテーマでした。最初は、国保の財政問題から保険単位を大きくするという問題設定でしたが、個人的な考えもあり、医療費の地域差(同じ年齢でも住む地域によって使用する医療費に大きな差異があること)に着目して、これを基軸に、都道府県単位で医療を考える枠組みを新たに作れないかという方向に、若手の勉強会の議論を誘導しました。
無理に地域差を解消するということではなく、医療費の地域差があるのに、保険料や税が同じなのは不公平なのではないかという視点です。仮に医療費の高い地域があれば、全国平均の医療費は全国調整で負担するが、それを超えるものは地域で考える場を作って議論して決めて欲しい(患者負担を増やすか、医療機関の収入を減らすか、保険料等を増やすかの地域の選択)との長期の視点からのメッセージのつもりでした。
医療は国がという発想が昔からありますが、実際には、国は金を集めるだけで、地域の医療自体に介入することはできません。なので、都道府県単位に医療制度を運営する方向性を目指すことで、新たなものが生まれるのではないかと考えたのです。これは、病院経営等に関わる今、さらに、その認識は強まっています。

 

医療費の地域差に手を入れることを嫌がる地方行政担当の省庁との調整等も経て、ドラスティックな案にはなりませんでしたが、それでも当時の政府管掌健康保険は都道府県単位の財政運営に、高齢者医療制度も都道府県単位の広域連合に、国保も段階的に・・といった閣議決定とはなりました。
当時、ある先輩から、「大いなる社会実験」と笑われましたが、医療を、もし効果的で効率的に提供する仕組みがあるのであれば、国の集中管理ではなく、都道府県単位での分散管理であるというのが、私の確信でした。

 

あれから10年近くを経ましたが、残念ながら、地域単位の補助制度等の財政運営は少しずつはできてきましたが、地域医療経営の萌芽はありませんでした。社会実験は、今のところは「不発」に終わったようです。しかし、この間、医療財政・医療負担の閉塞感は強まる一方(医療機関の経営だけは改善しました)ですので、新政権が、どのようなブレイクスルーを示すのか、注目しているところです。
でも、若手の勉強会がなくなっているようでは、あまり斬新なものが生まれることはないのではないかと・・常に、時代を変えるアイデアは若い世代が出し、実施の決意は私のような「年寄り」がするものです。