2012年9月28日
国の行政機関は、省庁と呼ばれますが、これらは「縦割の弊害」の典型例とされます。また、省庁内も「局あって省なし」と縦割りが著しいとされます。
しかし、大きな企業の人に聞くと、省庁以上の激しい「縦割の弊害」もあるようであり、公務員固有のものというよりは、大規模組織に必然的に生じるもののようです。何らかの組織を作れば、必ず、組織防衛的な発想が生まれ、組織間の軋轢(縦割の弊害)が生じます。問題は、その軋轢を小さく終わらせるための別の効果的な仕組みを用意できるかです。
ある複数の部門を合併した企業では、合併前のムラ意識を排除するための第一弾として、営業部門の統合に着手しました。顧客に対する部門を一本化し責任者を1名にすることで、社内改革の起爆剤にするとの狙いのようです。単なる営業ではなく、顧客のニーズを把握し、各部門に発注・指示等をする戦略本部的な位置づけです。
公務員組織では、こうした縦割の弊害を除去するために、国家戦略室の設置や省庁一括採用などが模索されますが、うまくいった例はありません。これは巨大な国の業務全体を理解し調整できるような人材が実際にはいないこと、また、公務員を志望する人も「○○○に関わりたい」と具体的な希望があり、これに反するような採用は現実的ではないことによるものと考えます。
しかし、私の現職時代には、公務員組織内では、組織統合を図るために、ある意味、属人的な体制が機能していました。(今、どうかは不明ですが)
私が就職した旧厚生省では、その昔、「課長、課長補佐又は係長の一人がしっかりしていれば、その課は動く」と言われていました。役職・肩書ではなく、属人的に仕事は動くということです。その背景には、当時の厚生省の人材の層の問題もあったかもしれませんが。
同じ公務員試験を合格してきても、いろいろな人が集まります。決まったことを執行するのに向いている人、他人の仕事をチェックするのに向いている人、今の制度等の問題を見抜き見直し案を作るのが上手な人、一定期間でグループを動かし目的達成するマネジメントが上手な人、たまには、何でこんな人がいるの?と思う人もいましたが・・・
これらのことを複数できる人が、どうしても仕事の中心となり、ある分野で問題が生じると、そうした人材が人事異動で送り込まれます。問題が解決すると、また、新たな部門にと、繰り返されます。
こうした人材は、自然と相互にネットワークを持ち、年齢にかかわらず組織の決定に関わるようになり、また、これらの人は、当然に他省庁との関係でも調整機能を持つようになります。
これが、以前は、お役所で働く醍醐味だったのですが、あまりに、旧厚生省では、この方式に依存し、激務の継続を強いた結果、心身を壊しリタイアする例も出ました。
私も、企画官時代に、こうした繰り返しのピークで燃え尽き感が強く出て、国立病院機構を経て退職しましたが、国の時代も、仕事をやり切った感はあります。
私は、今、名実ともに自営業の世界ですが、考えてみれば、公務員時代も実質は自営業だったのかも知れません。
嫌なことをしてお金を稼ぐサラリーマンとの唯一の違いは、自分のリスクで、「嫌なことはやらない」と、正々堂々と言えるようになったことでしょうか