2012年8月8日
国立病院機構財務部長として、自分なりに考えたことは、病院建築や医療機器購入を「認めてもらう」という、国直営時代の病院の「他者依存」を、いかに払拭するかでした。
今あるもの(人と機材)使いこなす。そうすれば経営が改善し資金が生まれる、そして再投資に回すという 当たり前のことを 院長の皆さんに、どのようにすれば普通のこととして考えてもらえるか・・・試行錯誤の連続でした。病院の判断と言うと、どう見ても「優先順位」の低いものから買い始め、この防止のため具体的な制約条件を付すと「本部は締め付ける」と苦情を言うだけ・・当時は、「駄々っ子」の相手をしているような気分でした。
例えば、着任時に全面建替えが決まっていたT病院では、地方自治体の資金を使うという話が先行し、私の立場からみると、院内の改革は手つかず・結果が見えないという状態でした。危ない投資案件とみて、病院長他に来てもらい、資金計画の見直し。建築内容のコンパクト化(資金規模の圧縮)を進めてもらうことにしました。
「手術件数からみて手術室の数が多すぎるので少なくしては・・」という問いかけ=「これから手術数が増えれば文句は言わない」という当方からのメッセージも、何を思ったか比較事例とした他病院の手術内容を調べて、「他病院は簡単な手術が多いが、当病院は難しい手術だけなので件数が少ないのはやむを得ない」と、お役所時代なら100点?の回答を持ってくるばかりで、工事前には、目に見えるような改善は進みませんでした。
病院長は、すでに決まったと思っていたものを「蒸し返され」、相当、私を嫌ったようで、病院訪問をされた監事の方からも、「本部財務部長のような者がNHOにいることはけしからん・・」と言われたと、ご報告を受けていました。
さて、建て替えも終了した、この病院の平成22年度決算は黒字ですが、これも自治体からの補助金を除くと、やっと収支均衡の低水準。大型投資としては、今のところ、失敗と言わざるをえません。
一方、京都医療センターの藤井前院長とのやりとりは、私にとって印象深いものです。
当時の近畿ブロックの理事に依頼され、ブロックの全病院の経営層(院長、事務長等)が集まる会議に行って話をすることに。依頼内容は、当時、改善が遅れていた近畿ブロックの各病院に「厳しく言って欲しい」というものでした。
ご希望に沿って、近畿向けの厳しい資料を作って、小一時間の話をしましたが、終了後の質疑の段階で、就任直後の藤井院長が手を挙げられ、「経営が厳しいことは、わかったが、京都医療センターでは必要な医療機器がなにも買えない。MRIやCTの更新をしたいが、本年度は枠がないと事務に言われた。自由度も低く、これでは院長として何もできない。」という、ある意味、真っ当なご意見でした。
当時、京都医療は赤字のため医療機器の投資枠は小さく、また院長交代前に、病院は、なぜか利用頻度の低いリニアックの更新を強く希望し、本部からの「利用頻度の高いMRIなどの更新が先では」との助言も虚しく、院内事情を理由に、病院側の主張が通った状態でした。これを踏まえ、「医療機器の投資枠は黒字になれば増えます。自由度が低いのは赤字だからです。まず、それを改善ください。NHOは大学とは違います。」と、当日の趣旨に沿って、紋切型に回答・・・
これに触発されたかどうかは不明ですが、院長は、精力的に院内改革を進められ、黒字化を果たし、拡大した医療機器の投資枠で、老朽化した医療機器の更新に成功しました。その後、再会する機会があり、次のステップの投資がしたいというご希望があったので、院内改革に成功した院長を後押しするのは本部の役割と、「新病棟でも建てますか?」と・・・ それが、平成23年に竣工した新棟開設(手術部門+個室病棟)につながります。
それから数年後、京都医療から竣工式へのお誘いがありました。在職中は、お誘いがあっても参加しなかった竣工式(病院の努力で作ったものに、本部が出る必要はないという意味)ですが、退職後でもあり、昨年、新棟内で開催された式典に参加し、過分な感謝の言葉を頂戴することに・・・経過を知る他病院の院長の皆さんは笑ってましたが。
その話の中で、個室中心の新棟が、院内では「夢の病棟(写真は新棟内の病室)」と呼ばれていたことを聞き、当分、この病院は大丈夫だろうと感じました。もらったものではなく、自分たちの努力で実現した夢が、無駄に使われるはずはないからです。
いずれの病院にも、まず嫌われましたが・・・ その後は、相手次第でした。
最近、NHO本部では、建設投資の政府出資もあって、病院からみて「ものわかりの良い」人ばかりに見える一方で、病院も「お願いする」姿勢が強まっているようにも見えます。これが杞憂であれば、良いのですが・・・