親と歩く78 母親 娘の49日を迎える

2022年2月5日

本日は、昨年末に亡くなった姉の49日です。

先週は父親の3回忌(兼叔父の7回忌)。仏事が続きます。

 

姉が、重度の脳梗塞で病院に運ばれたのは10年以上前。

当時、担当医師から、「脳死か植物状態」になると診断されましたが、しばらくすると意識を取り戻し、回復期リハビリテーション病院に入院している頃は、父親と母親は、毎日のように車で20分ほどの距離を移動して面会に行き、励ましていました。

 

右手先でPCを操作できるようになったのは、半年以上、経ってからでしょうか。

その機能を活かし、障碍者就労支援事業所で経理の仕事を始めるとともに、その事業所のサポートで、月に1回は、姉と両親は外出するようになり、母親も楽しみに感じているように見えました。

 

しかし、この外出も、父親が死んだ後のcovid19の流行で、感染対策として、なくなりました。

その頃から、母親は自分で歩くものの、少しの距離でも時間がかかるようになり、近くにある姉の自宅に行くのも難しく・・姉の夫も介護疲れで依存症を患い、生活支援付きの住宅での生活を始めていましたので、月に1回、私と一緒に福井に戻るようになった奥方のサポートを受けて、毎月届け物をしたり、たまには車で訪問したりして、姉との関係を大事にしているようでした。

ただ、将来、子供のいない姉が、一人残ってどうするのかと、漠然とした心配はあったのでしょう。

 

さて、本日、雪が舞う中、近くの寺院で姉の49日の法要(写真)が行われました。

その寺院は、父親の代から檀那寺・檀家の関係にあるところですが、姉の死を契機に、義兄の意向で、この寺院に葬儀・法要・永代供養を依頼しました。

寒い本堂で読経が続きましたが、母親は特に悲しむわけではなく、淡々としていました。

姉が一人残ることがなかったことに、自分より先の子供の死を、納得させたのかもしれません。

 

ただ、喪主の義兄は、入居先の感染対策として、外出禁止により欠席。

葬儀に出席できなかった他県在住の従姉妹も参加したいという希望はありましたが、感染拡大で、断念。

聞くところによれば、父親が入院していた緩和ケア病棟も、感染対策のため、家族の面会も看取りも十分にできない時が多いとの由。

死を迎える・迎えた人との別れまで、本人判断はよいと思うが、施設側で一律に遮断するのが良いのか・・と思いつつ、法要は終了しました。

 

過去2年間、父親の月命日に、檀那寺の住職が母親宅に訪れていましたが、母親によれば、来月からは姉の月命日に変更して、お経をいただくとのこと。

仏壇の「回出位牌」には、姉の法名も追加・・子供の無かった叔父夫妻の位牌も、既に設置済みです。仏間には、祖父母・叔父夫妻・父親・姉等の写真が、「賑やか」に並びます。

伝統的な風習からは違和感を覚える人もいるかもしれませんが、こうした形は、少子化時代の未来を先取りするものかもしれません。

 

父親の隣は一つ空いてますが、そこに落ち着くまでの間、こうした写真に囲まれた母親は、私の奥方を頼りに暮らしていくのでしょう。

母親と奥方の連絡は、昨年、使い方を覚えたLine(笑)

毎日、連絡あるようです。