親と歩く37 古の国府の地で歴史と涼風を気持ちよく感じる

2014年9月11日

今回は、越前市に所在する味真野、總社大神宮へ行きました。

前回の織田文化歴史館、劔神社の訪問が両親に評判が良かったことから、柳の下の二匹目の泥鰌・・と今回も歴史シリーズです。

 

私が生まれた福井県の北部は、古くは越前国と呼ばれた地です。歴史を遡れば、7世紀末の頃、高志国(こしのくに)が3国に分割され、高志道前⇒高志前⇒越前へと、段階的に表記が定まったとされています。
越前国の国府や国分寺・国分尼寺は、遺構は見つかっていませんが、現在の越前市にあったとされます。

今回は、この越前国国府に関わる地の訪問です。

 

本日も母親が先月から始めた健康関連サービスを終えての出発です。
出がけに咳を気にする母親が、「マスクはどこに行った」と言い出しましたが、すかさず、父親から「顎のところにあるよ」との指摘。母親も「メガネをかけてメガネはどこかと言っているのと同じだ」と苦笑いです。
続いて、乗車した父親が、自分の手元にある鍵を見て、「カギをかけたか・・」と言って、車を降りて玄関に向かいます。戻ってくると、「いつも小屋にカギを置いて来るのだが、今回カギを持っていたので、玄関のカギをかけたか・・不安になった。」との由。すかさず、母親が「マスクと同じね」と笑います。
こうした両親の「もの忘れ」をキーワードとする言葉の交換を経て、現地に向かいました。

 

最初の目的地は味真野~万葉菊花園、万葉館、味真野苑などが隣接する地区。大和に向かう前に、第26代継体天皇が住んでいたという伝説も残る地です。
10月から始まる武生菊人形の菊も育てる万葉菊花園を見てから隣の味真野苑を散策へ。

いつもは両親と一緒の行動ですが、今回は、二人と別行動になってしまいました。ゆっくり歩く二人の先を歩いていましたが、あとからついて来るものと思いきや、振り返ると二人の姿がありません。別の方角に向かったかと思い、苑内を探し歩いても、反対側の万葉館に行っても二人はいません。何かあったのか・・と一瞬思いましたが、考えてみれば、大人の二人ですし、私の車がそこにある限り、どこに行くわけでもありません。事故なら救急車が来ればわかります。したがって、本日の散策は、別行動と割り切り、万葉館を一人で見学することに。

 

見学を終え、ベンチで一服していると、二人の姿が見えました(写真)。どこに居たのかと聞くと「重要文化財の古い農家の中で休んでいた」との由。外を探してもいないはずです。
二人は古い農家の佇まいに、苦労した昔の思い出話をしていたようで、「(私が)子供の頃、言うことを聞かないので、筵でくるんで縛ったら、小太郎(私の祖父)から、『そこまでやらなくても』と注意された。」とまで、言い出しました。
今なら「児童虐待」の話ですが、さすがに昔の私の話を続けるのは面倒なので、二人に万葉館に行くように促し、さらに一服です。北風が涼しく吹く中で、気持ち良い限りです。

 

二人が向かった、万葉館は、万葉集に掲載された中臣朝臣宅守と狭野弟上娘子の相聞歌を中心とする展示内容ですが、古典が好きな方には興味深いものでしょう。私は、「味真野に やどれる君がかえりこむ 時の迎えをいつとかまたむ」と、万葉に名を残す地名が、この地に今でも残ることに面白さを感じます。
ベンチで休みながら、全国にある国府周辺もこうした雰囲気なのか・・その地で古に思いを馳せるのも楽しいだろうなと思っていると、二人が出てきました。

 

最後に、越前国の総社(国府の近くにあるのが通常)の總社大神宮に参拝して、本日の外出は終了しました。
なお、神社に参拝する二人の姿を見て、出発前の二人のやりとりを思い出しましたが、「あれも現代の相聞歌か・・」と一人納得したところです。