親と歩く26 親と同じ年齢の車に出会う

2013年11月26日

今月2回目の親と歩くです。

来月は、私が何かと忙しく、福井に戻るのは年末となり時間がとれそうにありません。そこで、来月分を前倒しで、今回の外出となりました。

行先は、金沢港にある「からくり記念館」と小松市内の「日本自動車博物館」です。

 

いつもは東京に出る前日に、外出となることが多いのですが、今回は、明日から寒くなり、雪も降るかも・・という予報を聞いて、急遽、本日に外出することに。すると、いつも通り、母親が「危ないので行きたくない。」と言い出します。

 

今回は、作戦を変えて、「それなら、危ないから家を出てはいけないね。」「家の中でもトイレで転倒すると危ないので部屋から出るのもダメか。」と母親に言うと、「ひどいことを言う。」との反応です。

予想通りの反応に、「危ないから出ないと言うから、同じように言っただけのこと。」と伝えると、思惑通りに、「では、行きます。」との回答です。いつもながら、スムーズに出発とはなりませんが、何となく出発前の儀式のような気もしてきました。

 

家から1時間程度で、からくり記念館に到着です。両親は、まず、真っ直ぐに、お手洗いに向かいます。

その間、窓口の女性と雑談をしていましたが、「記念館の周辺はよい釣り場であること」「釣りに来る人が記念館のお手洗いを利用していたが酷い使い方であったこと」「そのため公園内に別にお手洗いを作って記念館のお手洗いは来館者以外は利用を禁止したこと」「公園内のお手洗いの利用も酷い状況が続いていること」などを聞きました。

地元の人ではないとは思いますが、結構な年齢の人が多いとのことです。昔なら、「今どきの若い者は・・」と言うところですが、最近では、「今どきの年よりは・・」ということのようです。

お手洗いから出てきた母親からは、「お手洗いに入るなと書いてある。変なところだ。」と独り言が聞こえてきましたが、説明するのは諦めました。

 

記念館では、からくり人形が動くのは見られずに、母親は残念だったようですが、数多く置かれている木製のパズルをいくつか試し、一つはできたと喜んでいました。私も、試してみましたが、いくつになっても、こうしたパズルの類は面白いものです。母親によれば、小さいころの私は、パズルと言えば、できるまで一心不乱に取り組んでいたようです。いまでも、やりだしたら最後まで一気にやらないと気が済まないのは同じですが・・

 

さて、からくり記念館から日本自動車博物館までは、幹線道路を避けて、山にほど近い一般道路を行きましたが、両親は、なぜか山深いところに、自動車博物館があると思いこんだようです。到着早々、「こんな不便なところにあって、人は来るのか?」と、第一声です。

この博物館は、メディアでも度々紹介されており、多くの人は知っていると思いますが、なぜか、両親は存在自体も知らなかったようです。

山奥の知らない施設・・という感覚で、両親は施設内に入りましたが、ゲートを通ると同時に、「ひゃー、凄い。どうやって集めたのか!」と感嘆符付の発言です。広いフロア全面に自動車が、日本車はもとより、外国車も所狭しと並んでいます。

 

元々、両親は自動車自体には関心は薄いのですが、ここでは念入りに会場を見て歩いています。

両親も若かりし1970年代に、最初に購入した新車~三菱ランサー(写真)を発見して、当時の話を始めました。私も、うっすらと当時の記憶がありますが、新車ということで、10歳くらいの私が乱暴にドアを閉めたりすると、強く怒られたことを思い出しました。

その後は、オート三輪が10台くらい並ぶ姿を見て自分たちの若い頃の話をしたり、1963年製のスカイラインを見つけては、私の生まれた当時の話をしたり、車の話というよりは、車の年代から当時のことを思い出しているようでした。古い自動車には、こうした魅力もあるようです。

 

最後のフロアでは、母親と同じ年齢の車、父親と同じ年齢の車、大正生まれの車、亡き祖母より4歳も年上の車など、私の生まれる遥か前の名車をみつけては、喜んでいました。両親それぞれに、同じ年齢の車と記念に写真をとりましたが、撮った写真を見ると、二人とも、まるで長年の自動車ファンのように見えます。しかし、実際には、同じ時間を生きてきた者(車)同士の同窓会のようなものかもしれません。

 

私も学生時代に、友人から借りて女性を乗せた車も見つけましたが、残念ながら、保有した車と同車種は、一台もありませんでした。

今の車で、6代目ですが、それらの車も、いずれは博物館に展示されるようなこともあるのでしょうか・・

そうした、どうでもよいことを考えながら、いつもの極楽湯に向かいました。